作文帳

6分前

普通列車

普通か特急かなんて概念も知らないのです。ここの人たちは。それがなんとなく今の私には心地よいのです。そんなに早くなくていい、ゆっくり歩いてもいいんだから。ゆっくり感傷に浸ったっていいんだから。あなたの日々傷ついた心をようやっと、見てもらえて、こうやって博物館の展示物みたいに、名札を貼られて説明文を書いてもらって、みなさんに見てもらって。傷つくのは当たり前なんだよって優しい言葉で撫でてほしい。それが足りないだけで、あなたは、自分の世界を傷つけてしまうのよね。大きなライオンを手懐けるように、この手綱をどうか、渡しますから。どうか、助けてくださいな。現代に似合わない言葉で、現代に似合わない服装で、現代に似合わない思想を表現するあなたのことを、私は、ずっとずっと、考えている。毎日疲れているのがあなたのせいかもしれないと気づいたけれど、それはそれでそれとして、布団の中では甘くて無意味な想像をし続ける。それが私の意味なのです。はあ疲れたって言ったっていいのだから。

 ゆっくり進む電車に傾く夕日。青々とした田んぼと絵の具で描いたみたいな青空が悠々と流れる。隣の高校生は英単語帳を開いている。過去の苦しい私みたいと勝手に懐かしむ。夢はまだ開いている。今の私には花を綺麗だと思う気持ちだってあるし、花を人に贈る余裕だってある。今そんな人であること、あの頃の私に教えたらそんなに悪い気はしないだろうな。もう会えない好きな人とおしゃべりする幸せな夢だって見るよ。季節の果物を食べたくなって、スーパーを回って桃を買って、早朝に自分で皮をむいたりもしてるよ。帰省すれば、おばあちゃんと猫と一緒に昼寝もするよ。もしかして、幸せなのかも私。気づかなかったことをね、透き通った青い空を見た時に、ふと、気づくのね。そう言うことが今の私にとって幸せで、素敵なお友達と大切な家族と、過ごせる毎日がどれだけ尊いのかって、私は、少しずつ、わかってるつもりなのですよ。赤い座席に座り、さみしい私はとても今、満たされています。

 

新幹線

雲があまりにも低くてどこかに連れ去られそうな夕方。私は泣きそうだったし田んぼは青々として美しかった。小さな罪悪感が蔓草のように心臓を覆ってむしりとる気力もなく新幹線の座席に寄りかかるのでした。遠くの山や集落を見つめるのはなんとなく救われる。規則正しい街路樹が霧雨を浴びている。そんな風にきもちよく、生きていけたら。小さいことがうまくいかない。最後の粉々の煎餅が気管に入って咽せる。君は知っていたでしょうか。雲は帯を作って形なく意思もなく浮いていて。新幹線からみんな看板が見える。新幹線の小さめの丸い窓が好き。すでに私は泣いている。今まで気づかなかったいいところ、嫌いなところ、全部愛おしいのだから、馬鹿だと思います。

完璧ではないけれどそれをわかった上で許してあげているわけで。

最近の心持ちは、一向に端の見えない貨物列車を見て怖くなった時の気持ちに似ている。いったいいつまで待たされるのだろうとカンカンと鳴り響く踏切の前で母と手を繋ぐ小さな私。四角い臙脂色の貨物が連なり一生続くかのように思われる。怖いわね。

誰にもわかられたくないと思いながら、誰かにわかってもらいたくてしょうがない。私あなたと一緒に散歩するだけでいいのに。手繋いでもいい?だって、手、繋げそうだったんだもん。回想の中のあなたはとびきり優しい。細い二の腕も撫でてあげたい。決して綺麗じゃないけど私、だって私、触りたいんだもん。内緒にしておかなきゃ。誰にもバレないようにね。

山が近づくと霧でみんなぼやける。あの雲の中に私は今入っている。霧が晴れて若い緑とぽつぽつ家が現れる。若い緑に励まされたところで突然トンネルに入る。トンネルは退屈。人工的な光が残像で閃光となりたびたび踊る。私にはいらないもの。招福まんじゅうをつい手に取る。あんこと生地がなめらかで幸せの鐘が鳴る。聞こえましたか?

あなたの鼻。なんでかってわかりますか?私あなたの鼻、見ています。いつも。まつ毛も見ています。あなたのまつ毛はいつだって上を向いています。私のまつ毛はいつだって下を向いているのに。

山の斜面で工事中。何も変わらないでほしいと無責任に思っています。ホテル群が立ち並ぶ駅に泊まればまたたくさんの人が乗り込んで来る。茶色く煤けた外壁にもの寂しさを覚える。眠たいけれど今眠ればきっと悪い夢を見る。長い午睡はよくないもの。

爪の手入れができていない。まったく、貧相な爪をしている。二枚爪に剥がれかけのマニキュア、伸びっぱなしの親指。ギターを弾いて左の中指とお姉さん指は皮がむけている。帰ったらきちんと塗り直さないといけない。

私ほんとに、あなたに会いたいな‥。

 

 

朝顔

萎びた朝顔にどこへも行けない私たち。今日も悲しい言葉を聞く。

ねえねえ里へ帰るのですか。私は1人でも生きていけるので、山の葉色は緑色。

素敵だね、どう考えても素敵なのです。藍色の瞳は、甲斐性もなく夢を見る。窓辺には猫を走らせて、温かい日差しがぬいぐるみを包む。ようやく目を覚ましたあなたは眠そうに目をシバシバさせる。昨晩あなたが言ったこと思い出して苦しくなるのです。おはようと言えるのは幸せなことなので、いいのよ。

「マチ針見つけました。」

昨日私が縫い付けたズボンにマチ針が残ったままだった。怖いわねえ。朝日はこちらを見ていないけれど、私をあったかくしてくれます。

長老

私はあなたと一緒にいたい。

 

もうすぐ、夜が明ける。

鳥は私を、迎えに来てくれる。

ようやく、どこかへ行けそう。

 

離れ小島に一人、ぽつねんと取り残された、

雨が降り続いて私はまるで、醜い白鳥の子。

ふとここで見つけた、何もなく空虚な箱。

誰なのあなたは、と、窓からのぞく目。

「みいつけた」

ようく、見て。誰も見ていない。

私は1人叫んで泣いた。相変わらず誰も見ていない。

西日が暑くてワンピースの中は湿っている。

貴方の腕を噛んでみたい。噛んでみたら、あなたはどうする?

ほのかににおいがした。カレーの匂いだ。

あなたの腕は硬そう。

私の好みは硬そうな、フランスパンみたいな、腕。

もちもちの白パンではなくてね。

そのまま指もなめる。あなたの指は短いね。少し不格好なの。

広い野原に寝転がる。夢が広がる。何も言いたくない空。こうしてじっくり見据えると、雲は変幻自在に形を変えて、私の元からさっさと去ろうとする。行かないで、とは思わない。雲はそうあるべきだ。私にもそれくらい、わかるのです。

 

なんだかね、その大きな目で見られるとわからなくなるの。

少年みたいな、わくわくした目をしてますよね。そう言ったら照れていた。

あなたが喋っている間、私はいつもまつげを見る。少し上に上がったまつげ。

どっと疲れてしまった。大きくハグをしてください。

 

あなたは、無機質とは無縁だ。有機物らしい人だ。

ずっとご飯を食べていてほしい。ゴミも散らかしていてほしい。

そんなに照れないで。

照れるのは私の前だけじゃないって気づくの悲しいなって

ふと一人思い出すあの日の出来事。

雑然とした毎日に追われて、お香をたくのも一苦労。

あなたに言われた悔しい言葉。どこへ行ったって思い出すのだから、

鳥が迎えに来てくれたけど、どうせどこへも行けないんだって

今日は鳥籠の中に籠る。鳥籠の中はあったかい。暗くて、しんとして、夢を見る。

あ、鳥籠が揺れた。

あなたが持ち上げた。鳥籠。

ねえねえ、気付いてよね。

大きな瞳でこっちを見てよね。

じっと見つめて私は照れちゃうけれど、私あなたの腕を早く噛みたいの。

なんでもいいけど、早く噛みたいのです。

りぼん

ふたりで歩いていたら ちょっと後ろを歩いていた貴方が 私のブラウスの後ろについたりぼんが解けていることに気づいて ちょっと止まってって結び直してくれた 後ろに結った髪の毛を手でどかしてあげた 少しの沈黙に緊張した 貴方も緊張しているの、伝わってきた あれ、縦結びだ、って何度か結び直てみてた 貴方の無骨な指がりぼんを結ぶところを見たかった ごめん、あんまり綺麗じゃない って諦めた 触れたらシャラシャラ崩れるガラス玉みたいに丁寧に優しくからだに触れないようにりぼん結びをしてくれた そのことで私いっぱいになってお礼を言うのを忘れてた

明かり

月は冷たい目で見下ろして。フローリングの床にうつぶせになって頬をつける。ひんやり冷たい。ほの暗い廊下がしっとりと湿気を含んで中庭の紫陽花の葉に雨水が滴る。こんな日に蟻はどこにいるのだろうと思う。きっと巣の中でお休み中か。空地にできた大きな水たまりに蟻を泳がせていたら、近所のおじさんに蟻をいじめると地震がくるって言われたことを思い出した。蟻にとってこの水たまりは大海原なんだと思うとわくわくした。徐々に蟻の触覚がちぢれていくのを見守った。死にそうな蟻は小さいチリみたい。あわあわあたふたして、それから動かなくなった。蟻にとって雨の日は危険に決まっている。巣の中でおとなしくしているのがいい。

青いノースリーブのワンピースから伸びる腕はまっしろい。このままずっと寝そべっていたい。月明かりだけが私をぼんやり包んで、きっと私いま死体に見えるだろうなあ。死体に見えたってなんだって、私は生きている。美しい死体になりたい。誰も私を見ないでいてほしい。このまま薄暗い夢を見て、得体の知れない行列が私の目の前を通りすぎ、美しい森に日が昇るまで、誰も私に気づくな。

月は寝そべる私にひんやり気づいている。でも私は怖くない。小さいころ見た絵本で、キツネが湖に映った月を掬って飲み込んでいた。とってもおいしそうだと思った。今でも月を飲み込んでみたい。きっとひんやりして、ほんのり甘くて、舌触りなめらかに、するっと喉の奥に。だから、怖くない。そもそも月から逃れるなんて無理なの。

夜は、においがないにおいがする。ねえ、ところでさあ、私はどこまで行ったらいいの。どこまで行ったら、こうして、ずっと寝そべっていても許されるようになるの。ああ、心外。私だって悩んでいる。

それで

普段私が考えてることなんて

好きな人のこと 仕事に行きたくない 家事がめんどくさい お風呂めんどくさい お腹空いた 眠い 何もしたくない 

毎日これらの堂々巡りなんです。

今日中華料理屋で食べた焼き餃子がとても美味しかったなとか

今日見た映画つまんなかったなとか

電車に乗って景色を眺めるのが好きだなとか

そういう具体的なことたちってなかなか忘れてしまいがち。

何か物足りないけれど きっとこれからもずっと何か物足りないのでしょ。何を得たって、永遠に物足りないものなんでしょ。

そんなのわかってるんだからねって

少しでは語り尽くせない私の人生を誰かに説きたい。その相手が好きな人だったらなおよい。 

 

私はアイスクリームを食べながらあなたに甘い視線をよこすのさ。ぜひ見てってよね。こども舌のあなたは,喜んでバニラのアイスクリームを食べる。私はおとな舌だから、ハーゲンダッツのラムレーズンを食べる。あなたはハーゲンダッツなんて絶対に買わない。口の中に溶けたラムレーズンをあなたにあげた。やっぱラムレーズンはあんま好きじゃないなってあなたは自分のバニラで口直しをする。こども舌ですもんね、ってこたえると、なんかちょっと照れた顔してスプーンをなめる。けしからんなあって言いたげな顔。最後の一口だった。私には一口もくれなかった。ごめんごめんって、言われた。ちょうだい、バニラ。もうなくなったから、バニラ。

春のアイスはなかなか溶けないけれど、夏のアイスより甘く感じる。甘ったるくて咳き込んだ。

今日はね、嫌な夢を見たからあなたに会いに来たんだ。嫌な夢から醒めた時にはね、あなたが抱きしめて慰めてくれたらどんなにいいかって思うの。たった1人布団でつうつうと涙流して、胸のつかえを取るのはいくらなんでも寂しすぎるから。

アイスを食べ終えたあなたは、冷蔵庫から取り出した麦茶をコップに注ぐ。私は麦茶がきらい。私のコップにも波々注ぐ。私は麦の香りを嗅ぐと頭が痛くなるのです。前に言わなかったっけ?

忘れているなんて、さみしくなるのです。

しかもあなたはそのまんまの顔で、また同じ話をしだす。小学生の頃、好きな女の子の机の上に小さなピンク色の花を置いた話。嫌がらせでもなんでもなく、ただその花が好きな女の子に似ていたから、というなんとも文学的な感受性豊かな理由で、お花を机に置いたら、好きな女の子が泣き出していじめだって大問題になったって話。その話、この前も聞いた。おんなじ話をしないで。

それも、悲しいの私は。

窓をあければ紛れる悲しさ。とっくに桜も散ったけど、夜は桜が散ったのかどうかなんて関係ない。春の夜は甘美で思い出に忠実でみんな隙だらけ。通りすがりの酔っ払いの声が響いて、空では消えそうな星がもうちょっと頑張ってちらちら輝く。ここにいるよって。私には届いたから大丈夫。安心してって呟いた。

なに?ってこっちを向いたあなたに私は小学生の頃好きだった男の子の話をする。仕返し。