作文帳

6分前

明かり

月は冷たい目で見下ろして。フローリングの床にうつぶせになって頬をつける。ひんやり冷たい。ほの暗い廊下がしっとりと湿気を含んで中庭の紫陽花の葉に雨水が滴る。こんな日に蟻はどこにいるのだろうと思う。きっと巣の中でお休み中か。空地にできた大きな水たまりに蟻を泳がせていたら、近所のおじさんに蟻をいじめると地震がくるって言われたことを思い出した。蟻にとってこの水たまりは大海原なんだと思うとわくわくした。徐々に蟻の触覚がちぢれていくのを見守った。死にそうな蟻は小さいチリみたい。あわあわあたふたして、それから動かなくなった。蟻にとって雨の日は危険に決まっている。巣の中でおとなしくしているのがいい。

青いノースリーブのワンピースから伸びる腕はまっしろい。このままずっと寝そべっていたい。月明かりだけが私をぼんやり包んで、きっと私いま死体に見えるだろうなあ。死体に見えたってなんだって、私は生きている。美しい死体になりたい。誰も私を見ないでいてほしい。このまま薄暗い夢を見て、得体の知れない行列が私の目の前を通りすぎ、美しい森に日が昇るまで、誰も私に気づくな。

月は寝そべる私にひんやり気づいている。でも私は怖くない。小さいころ見た絵本で、キツネが湖に映った月を掬って飲み込んでいた。とってもおいしそうだと思った。今でも月を飲み込んでみたい。きっとひんやりして、ほんのり甘くて、舌触りなめらかに、するっと喉の奥に。だから、怖くない。そもそも月から逃れるなんて無理なの。

夜は、においがないにおいがする。ねえ、ところでさあ、私はどこまで行ったらいいの。どこまで行ったら、こうして、ずっと寝そべっていても許されるようになるの。ああ、心外。私だって悩んでいる。