作文帳

6分前

上野東京

 キョロキョロと忙しなく窓の外を眺める乗客がいるが、窓の外を見たところで今ここがどこなのか、わかるのだろうか?(いや、わかるまい)。

 高校生の頃、熱心な国語の先生は、熱くセンスオブワンダーを読み上げた。暑苦しいほどであった。あれは夏の日でしょうか。我思う、ゆえに我ありデカルトの言葉。どんなことを訴えていた文章だったのかは覚えていないが、そんな風に断片的に思い出せるわけ。プールの後みたいな風が吹く午後1番の教室に響く、先生の声と共に。それなりに鬱屈したなんとも言えない気持ちと眠気。彫刻刀で落書きされた私の机。どっかに行きたくて、行きたくて、でも眠たくて、先生は暑苦しくて、前の席の坊主は真面目にノートを取っていて、昨夜の夢はとても幸せで。あの頃の私は、ヨボヨボの老人にチューブを繋げてゴボゴボと喀痰する光景を見たことがなかったし、そんな光景が存在することも知らなかった。電車に乗るのが怖くて息ができなくて死ぬかと思っていたけれど、それで人は死なないことも知らなかった。

 「あのさ、実は‥」って言ってみたくてここまで生きてきたけれど、「あのさ、実は‥」って言えるシーンはなかなかない。実は‥みたいなものを持ってはいるけれど、そういうのってあんまり人に話すべきではないんだろうなと思うし、人に話すことで私も楽になりたかったりするんだけど、それって相手に私が1人で持っていた負担を分け与えることになる。それほどの人に私はまだ出会っていないのかもしれないし、私がそれほどの人と思えるハードルが高すぎるだけなのかも知れない。まだまだ私も若いはずと思い続けてきたけれど、そういう人をもっと貪欲に追い求めてもいい年齢なのかもしれないし、そういう人をさっさと作り出しちゃったっていいのかもしれない。そんなのさ、わからないんだよ。

 休みの日に電車に乗る時間はあまりに短い。もっともっと乗っていたいと思う。永遠につかなければいいのにと思う。

 亡き王女のためのパヴァーヌが訴えかける静謐さにより私が何者でもないことを実感させる。

 同世代の軍団を見るとなんとなく不快な気持ちになるのは私が若くてまだ諦めていないからなのかしら。それはそれでいいことなのかもしれないわね、とトマトを丸かじりしながら思うのでした。赤い汁が指を伝って滴り落ちた。おじいさんがすごい勢いで菓子パンを貪り食いながらスマートフォンをいじっている。元気でよろしい、とはじけた気分。踊り出したい夢。人類捨てたもんじゃない。ワクワクしてしょうがない。ロボットなんかに負けてらんない。私は今日もきれいに整理された家に帰って、オレンジの香りの入浴剤を入れた温かい風呂に浸かり、たくさんの泡で全身をつるっと洗い上げ、ふわふわのバスタオルで柔らかく卵のような体を拭いてあげて、先ほど作って冷やしておいた緑茶をごくごくと飲む。ラウリル硫酸ナトリウム入りの歯磨き粉で歯をつるつるに磨き上げ、舌ブラシでベロもきれい。コンクールでうがいをし、この世の何よりもきれいでまっさらな私。ふかふかの布団にダイブする。完璧な夜をやりとげた。