私にたとえば魔法が使えたとして
ふわふわの椅子に座るのはうれしいし
乗り遅れると思った電車が遅れて来たときもうれしい
嫌ことのあった昼間、空に虹がかかってるのを見たらうれしい
でも私はこれらのことを魔法を使って叶えさせたりはしないだろう
待っているときは苦しいし
いるはずのものがいなくなるのは大変悲痛
頭を使わなくてもわかるようなことも
実はほんとに起こらないと、ほんとの意味ではわからなかったりして。
電車の丸い手すりをつかむあなたの手を私はよく覚えている。いつも人差し指と中指で掴んでた。私も見習って、2本の指で掴むようにしている。
どっかに消えても、モヤモヤする。モヤモヤだけが残る。クリーナーで消してしまえ。
亡き王女のためのパヴァーヌを流せば消えるのかな。
そういえば大学生の頃、カウンセリングで、その漠然とした不安感に名前をつけるとしたら?と問われて、「暗雲くん」と答えた。暗雲くんはあの頃の私の心の中に、現れては消え、現れては消え。たちまち私の中にたちこめ、私は煙だらけで息もできず、身動きを取れなくなっていた。梶井基次郎が得体の知れない不吉な塊と言っていたものはきっと、暗雲くんと同じもの。暗雲くんは、いつの間にか現れなくなった。
私、チェックの長靴を買おうと思うの。
私はチェックの長靴はやめた方がいいと思った。
やめた方がいいと、真剣に伝えてみた。
翌日、その子は黒い無地の長靴を履いてきた。
下駄箱に小さな長靴を入れるその手は、不本意に見えた。長靴だって、不本意な顔をしていた。私は申し訳なく思った。
どこも構造的でなくて、つまらない。貧民は遥かに誰も愛していなかった。
私、好きなの。
思い出した、そういえばあなたのこと好きなの。